始まりの物語
あなたも、一度は思ったことはないだろうか? この世界は、我々に都合よく出来過ぎている、と。
太陽の光が満遍なく降り注ぎ、生命の息吹となる酸素が満ち、適切な重力が全てを抱擁し、生を育むエネルギーがある。我々が棲むこの星はまさに快楽の楽園であり、我々が存在する宇宙は、測り知れぬ広がりを持つ。
この宇宙という舞台は、果たして偶然の産物なのか、それとも高次の意志による巧妙な構築なのか? 宇宙はどうやら沢山あるらしい。そんな膨大な数の宇宙の中で、私たちは偶然生まれた。もしくは、都合よく生まれた。 他の宇宙には、他の世界線には、知的生命体はいるのだろうか。 その世界では何が起こっていて、どんな結末を迎えるのか。 この物語は、私たちの住む世界とは別の世界のお話。
宇宙は収束し、終息を迎える。物理世界の織りなす物語は、その謎に満ちた終幕を迎える。
ある無名の者が投じた論文は、学界を震わせた。世界の終末を予言する都市伝説は数多くあれど、この論文の提唱する数式は正確で、その理論は一貫性を持つ。多くの学者が自らの知識を駆使しても、この論文の正当性を否定できなかった。"Universe End"と名付けられたその論文は、宇宙の終焉を予見し、世界を恐怖に陥れた。 なぜなら、その論文は近いうちにこの宇宙が消滅することを示唆しているからだ。ここ数年の間に、収縮が指数関数的に進み、すべては無に帰す、と。
都合の良い宇宙に生まれたイノリは杞憂した。
この世界は確かに都合が良くできている。しかし、終焉は避けられないらしい。
宇宙の誕生以来、エントロピーは増大し続ける一方で、今というかけがえのない時間はもう戻らない。宇宙は膨張を続けるが、やがて収縮し、あらゆる生命は終焉を迎える。
「私は、恐怖する。全てが終わりを告げるその時を!」
イノリは、宇宙の理を塗り替える決意を固める。終わりなき世界を創造すること、それはこの世界の限界を創造した神の"超越"を意味していた。
世界の成り立ちを研究するウィズは思慮した。
この終わりゆく宇宙は、一体どのようにして誕生したのか? 宇宙の終焉は突如として告げられたが、その始まりについては誰もが未だに理解していない。もし始まりを知ることができれば、終わりを理解する手がかりになるかもしれない。終わりを避けることだって、もしかしたら。
「私は、理解する。すべての宇宙の理をこの目で見たい!」
ウィズは、この世界の全てを知ることを渇望した。それは、この世界の起点を創造した神に対する"挑戦"を意味していた。
世界の終わりを見据えるコスモは達観した。
この宇宙の総てを記述するには、世界はあまりにも複雑なのだ。そもそも、私たちが理解している宇宙などほんの一部に過ぎず、全てを記述するにはもう時間がないのだ。
「私は、統一する。神の設計書はきっと美しいはずだ!」
コスモは、神を受け入れることを許容した。それは、この世界のルールを創造した神に対する"迎合"を意味していた。
もし、この世界を操る高次の存在、すなわち神がいるとしたら。 3者の思惑は交錯する。神への超越、挑戦、迎合。
それは、未知への探求であり、運命に対する反逆であり、そして最終的には、存在の真理への到達なのかもしれない。この物語は、そんな宇宙の真理に触れる物語である。
イノリとウィズ
Universe-End Argue Team。通称、UAT。
有識者が集まり、UniverseEndについて議論する会議。当初の目的は論文の正当性への議論だったが、時間の経過とともに、つまり議論をすればするほど、この事実に対しての”真偽”ではなく”対策”を議論する会へと主題は変わっていった。
匿名の人物が投げかけた論文、Universe End。それに惑わされる、この世界の頭脳たち。会はなんとも滑稽であったが、真摯さを纏っていた。
おそらく君たちの住む世界もそうであると思うが、この世界(あるいはこの宇宙)では、未知の研究対象があり、研究する者がいて、コミュニティがある。そして悲しいことに、コミュニティには派閥がある。1つの大きな課題、この場合はUniverse Endであるが、その課題に対しての有識者を集めたところで、1つの結論には至らない。なぜならコミュニティごとに信じる理論と信じない結論がある。
世界の終末が示唆されたこの論文がどうして匿名で寄稿されたか。誰かがこう考えた。このUniverse Endという論文が特定の派閥から提出された場合、その特定のコミュニティ内のみでの議論となってしまい、他のコミュニティはそれを批判するだけの討論になってしまう。何者にも属さない理論だからこそ、分散型で議論が進む。Universe Endは利益を独占するための考察ではないし、むしろコミュニティ問わず総ての人類が立ち向かうべき課題なのである。そしてこの課題は、過去の実績や、コミュニティの優劣に問わず、誰もが挑める状態にすべきである。実際、従来であればその圧倒的な地位と名声でこの世界の権威として名を轟かすウィズ派閥だけが幅を利かせてしまうようなことにはならず、当時無名であったイノリやその仲間たち、あるいは研究分野が少し外れてしまうようなアトラやラボラといった学者も挙って会に参加した。一方で積極的な態度を示さずに象牙の塔に籠る学者もいた。現在の科学の主流となっている理論を構築したシュタインや、まったく異なるアプローチで世界を解き明かそうとするコスモがその例だった。
ある日の会議の終わりのことである。
血統にも優れ、文武両道。次世代を担う若き天才物理学者と称され、当然のごとく議論の中心となっていたウィズの元に、イノリが話を持ち掛けにやってきた。
若くして頭角を現したウィズとは裏腹に、まだまだ実績も浅いイノリ。偉大な学者コミュニティに属してるとはいえ、夢見がちでどこかふらふらと本業から避けている印象のイノリ。顔と名前は知っているが、ウィズには興味のない俗物---。しかし、ウィズはイノリの後ろに控える2人の人物ーーーアイとバースに視線を配った。この3人はUniverseEndにいち早く反応し、その理解度は目を見張るものがあった。有識者を集めた会であっても議論が平行線で解決策も見いだせないままの状況に焦りを感じていたウィズは、きっと彼女らの持ち込む議題は自分にとってあまり良いものではないと直感的に悟っていた。
しかし、イノリからの第一声は予想を裏切った。
イノリ「ウィズ、よかったら私と一緒に、終わりのない世界を創りませんか?」
概ね自身への批判的な内容だろうと高を括っていたウィズは拍子抜けしたが、すぐに冷静さを取り戻す。相変わらず、抽象的な言葉だ、とすぐに機嫌を損ねると共に。
ウィズ「コーヒーが冷めてしまう。悪いが後にしてくれないか?」
アイ「そんな時間は取らせないと思う。私たちの話に、同意してくれるならすぐ終わる話だよ」
ウィズはアイの、自信に満ちた瞳を見つめた。Universe Endが発表されてから、誰も彼もが絶望的な目をしている。ただ、彼女らは違う。
ウィズ「私は、共感できないな」
ウィズは冷静にそう言い放った。
ウィズ「この宇宙は、元々別の宇宙たちが合体してできたと、私はそう思っている。宇宙が融合した時、ものすごいエネルギーが生まれたんだろうなとも思っている。宇宙は生まれて、ぶつかって、あるいは収縮して、また新しい宇宙になる。それは仕方のないことなんだと思うよ」
イノリ「私は、終わりたくない。怖いの。ウィズは怖くないの?」
イノリは泣きそうな目でそう訴えた。ウィズはそれを察したものの、情に流されることなく続けた。
ウィズ「突然だけど、イノリは、神の存在を信じている?」
イノリ「抽象的ですね」
ウィズ「もちろん、創世神話の話とか、信仰の話とかをしたいわけではない。この宇宙における特異点が、なぜ観測されないのかという話だ」
イノリ「概要は理解しています。かの有名なシュタインが構築し、数々の学者が英知を積み重ねて作り上げた理論の、唯一にして最大の矛盾。この宇宙を記述する数式には、この宇宙を記述できない矛盾が存在すると」
ウィズ「そう、おそらく私たちはこの宇宙を理解している。数式で記述できる。4つのエネルギーを定義している。観測はできていないけどね。ただ、だからこそ、私たちが記述できない矛盾は確かに存在する。おかしいとは思わない?」
イノリ「この宇宙には、おそらく特異点は存在します。数式に従って計算すると、数式に従わない値がでてきます。宇宙の中にぽっかりと空隙が現れる、その理由は」
ウィズ「私は、宇宙は高次な存在がコントロールしているという説を信じているよ」
宇宙検閲官仮説。読者らの世界ではこう呼ばれている仮説だ。相対性理論は今のところこの世界の大概を説明できるが、計算の結果、どうも宇宙には特異点とよばれる矛盾が発生する。特異点ではすべての物理法則が捻じ曲げられる。しかし、特異点は観測されていない。特異点が存在すると物理法則が乱れることから、何者かが都合よく宇宙から特異点を隠しているみたいに。
ウィズ「私は、高次な存在に干渉したい」
イノリ「それって、宇宙の理を超えるということですか?」
ウィズ「全知全能の神がいるのなら、全知全能の神に干渉できる存在もまた肯定できる」
イノリ「そして、ウィズは全知全能の存在になる、と」
ウィズ「私は全知の力を手に入れる。そして、神に干渉する。この宇宙が終わるなら、別にそれはそれでいいと思ってる。私がその宇宙の理になれるのならば」
イノリ「やはり、私たちの利害は微妙にすれ違っていますね。私は全知の神など信じていません。この世界で唯一信じられるのは、何もかもを疑って止まない自分自身だけ。私は疑う、故に私がある。私は全能の存在になる。この宇宙を自分自身の手で、終焉から守る」
全知の存在となり、神に挑戦したいウィズ。彼女なら、破壊と創生を繰り返す世界を超えられるだろう。
全能の存在となり、神を超越したいイノリ。彼女なら、破壊と創生の繰り返しを止めることができるだろう。
しかし、2人は交わらない。
ウィズ「結局は神を信じるかの、信仰の話になってしまったね。私は神を信じている。この宇宙を検閲する神に、私は会いたいのだ。そしてこの宇宙の終焉を止める。お別れだ、イノリ。私たちの目指すべきところは一緒だが、過程はきっと違う」
イノリ「私は私しか信じない。この宇宙は神が支配しているなんてあり得ない。神はきっと宇宙の終焉を設計しない。神は死んだ。私が神を超える。悔しいね、私たちはどこか違う出会い方をしていれば、お互い、手を取り合ってこの宇宙の崩壊を止められたかもしれない。神がいるのであれば、随分残酷なシナリオを描いたんだね」
学派の違いで元々仲がいいとは言えなかった、ウィズとイノリ。今ここに完全なる決裂が示唆された。創世の後に破壊があり、交互に繰り返されるのがこの世界のルール。しかしウィズは全知になり、創世を繰り返そうとした。イノリは全能になり、創世を終わらせないようにした。微妙なニュアンスの違いが、より世界を複雑にする。
誓いと出会い
少し話は遡り、Universe End発表直後のこと。
”神はいない。だからこそ、自らの手で世界を変える”。
イノリはそう高らかに宣言した。イノリの想いは共感を呼び、2人の仲間が集まった。
アイ「宇宙は常に私たちにとって都合よくできている。私たちが、終わらない宇宙を創ることだってできるはず」
世界を創り変える、そんなプロジェクトにアイは賛同した。
バース「私たちが生まれた時や生まれた場所は違うけど、きっと私たちなら、この宇宙を変えることができる」
桃色の星降る夜、バースはイノリと共に世界を変えることを誓った。
イノリ「Universe Endについて、読み込んでみたんだけど」
イノリはそう切り出した。
イノリ「端的な結論は、この宇宙の始まりは爆発で、どんどん大きくなっていると。でもある程度大きくなるとそのエネルギーをコントロールできなくなって、次は収縮に向かうと。で、これを計算したら、もう既に収縮は始まっていて、しかも加速度的に小さくなっているので、もしかしたらそろそろ宇宙はなくなっちゃう、きゅっと縮んで。ってことかな」
アイ「言いたい理論も分かるし、数式を見ても矛盾がない。ただ、それに従って出てくる数字が、絶望的。これが問題ですよね」
バース「うーん、これをみんなで議論しようという風潮があるから近々なんかの議論の場が出来そうな気がするけど、結局そこから先には進まないと思うんだよなぁ」
アイ「そう。つまり、”この計算は間違ってました、私たちは死なない!”ってなるか、”この計算合ってます、残念!”ってなるかなんですよね。具体的にどうすればよいのでしょうか」
イノリ「私が世界を創り変えると宣言した根拠なんだけど。宇宙の爆発がどうして起こったかを考えた時に、いくつかの宇宙が融合したと考えるのが妥当だと思うの。複数の宇宙が融合して、大きなエネルギーが生まれた。だからこそ爆発という表現で、宇宙が膨張を始めたんだと思う。ということは」
バース「もう一度宇宙の爆発を起こして、収縮に負けない、膨張のエネルギーを得ると」
イノリ「それが一番手っ取り早い解決方法なのかなって、私は思うんだ」
イノリは整然と整理されたノートを2人に見せた。複数の宇宙、融合、エネルギー、4つのエネルギー理論(シュタインが提唱したけど私は理解できていない)、特異点(シュタインの式には矛盾があるらしいけど私は理解できていない)、矛盾を解決すれば何か分かるかも?。このメモが繋がれば、何かができるかもしれない。
バース「とはいっても、どうやって宇宙を融合しようとしているの?」
イノリ「分からない、分からないからこそ、誰か詳しい人いないかなぁ」
アイ「やはり稀代の天才と呼ばれるウィズと手を組むというのはどうでしょう?」
イノリ「残念ながら、過去に共闘の道は断たれているんだ。そもそもウィズはこの宇宙の収縮よりも、その原理が気になっているらしい」
アイ「うーん、じゃあコスモとか?」
バース「コスモって、あの天空研究所の? あの子、世界の隅っこで引きこもってて、あまり外の世界と関わりをもってないような気がするんだよなぁ。それに彼女は神を全面的に肯定している立場だったはず。神になるにはどうするか、みたいな論文出してなかったっけ?」
イノリ「どうしてみんな神がいるって思ってるんだろう。いるなら、早く味方になって欲しいな」
アイ「あとはやはり、シュタインですかね。彼女の唱える4大エネルギー理論は、最先端の理論としてかなり興味深い分野ですよね」
アイ「なるほど、シュタインか。そんなすごい人、私たちに会ってくれるかな」
バース「イノリの人徳なら、シュタインだろうとイチコロじゃない? 現に、私もアイもイノリに生涯を捧げる覚悟までしてるんだから」
イノリ「ありがとうね、2人とも。行ってみようか」
3人はシュタインの元を訪ねるも、研究室には助手のレオナがいるだけで、シュタインは不在だった。
レオナ「ごめんなさい、シュタインさんは今日ここにはいません。また日を改めてお越しください」
イノリ「そうですか、よろしくお伝えください」
イノリは再度彼女の元を訪れ、自分たちに知恵を授けてくれるように依頼したが、またもやレオナによって門前払いを喰らった。扉の奥にシュタインらしき人がいるようだが、イノリたちは相手にされなかった。
バース「もう諦めたらどう、イノリ。私たちだけでなんとかしようよ」
バースはイノリを説得したが、イノリは聞き入れなかった。
アイ「イノリさんも結構頑固なんですね。そこまでして、無限の世界を創りたいのでしょうか」
アイも少し心が折れかけていたが、やはりイノリは諦めなかった。 3度目にシュタインの元を訪ねた時、シュタインはようやく扉の向こうから姿を現した。
シュタイン「初めまして。いや、お見掛けするのは3度目? まあいいでしょう。イノリさんの噂は聞いていました。宇宙を創り変えるなんて、本気なのですか?」
シュタインは2度の訪問をシカトしていたことを全く悪びれる様子もなかった。しかし、イノリはそれを気にすることはなかった。
イノリ「本気です。あなたも、この宇宙の都合の良さには気付いているはずです。お話を聞かせて欲しいです」
イノリは自身の説を話した。宇宙の融合によりエネルギーを得るという、Universe Endに対する”解答”について。
シュタイン「なるほど。この宇宙を支配しているもの、この世界が何で構成されているか分かりますか?」
イノリ「膨大なエネルギーと、それを受け止める空間と時間だと思います」
イノリがそう答えると、シュタインは静かに微笑んだ。ちゃんと私の理論を勉強してきているんだな、と。空間と時間は絶えず供給される。1つずつ、コンスタントに。
シュタイン「この宇宙が誕生した時、そしてそれ以降の有史、そこには4つのエネルギーがあるといいます。4つのエネルギーが交錯して、この宇宙はできています」
イノリ「4つのエネルギー、詳しく聞きたいです」
シュタイン「はい。その4つのエネルギーは、この宇宙では区別されません。私たちは普段、何気なくいずれかのエネルギーを使っています。ですが、別の宇宙では、それぞれのエネルギーがその宇宙全体を支配しているとも言います。あ、大前提で、宇宙は複数存在するという仮定のもとではありますが。あなたが成し遂げたいこと、それはこの宇宙の崩壊を止め、無限に続く世界を創ること。それには、他の宇宙の膨大なエネルギーを受け止める必要があります」
イノリ「他の宇宙、4つのエネルギー……」
シュタイン「あなたにはそれができますか?」
彼女は黒板に数式を羅列し始めた。その筆跡は淀むことなく、一直線に答えを導いた。なるほど、とつぶやき、シュタインはぼさぼさの髪をかき上げた。
シュタイン「私で良ければ、イノリさん、あなたの力になりましょう。私たちなら、宇宙を変えることができるかもしれない。宇宙を、融合しましょう。私たちは、全能になるのです」
こうして漠然としていたイノリたちの計画は、宇宙を融合し、エネルギーを受け止めるという方向性を得た。
レオナは物陰でほほ笑んだ。なるほど、シュタインさんはそういう判断をしたんだね。
バース「ところでシュタイン。一体どうやって他の宇宙に干渉するの?」
バースはシュタインに尋ねた。シュタインは笑って、分からない、と答えた。
シュタイン「私と並ぶと称される賢者がいます。彼女にも協力を要請しましょう」
バース「そんな簡単に仲間になってくれるのかな。シュタインみたいに何度も無視されたらたまったもんじゃないよね」
シュタインは静かに笑った。
シュタイン「彼女は、無からエネルギーを得る研究をしています。透き通った白い肌や髪とは裏腹に、その直向きさや研究内容から、彼女は“漆黒のロータス”と呼ばれています。業界の中では非常に有名な方だと聞いています」
ロータスは、イノリたちを寛大に受け入れてくれた。
ロータス「シュタイン、まさか君がこんなことに首を突っ込んでいるとはね。それにまさか、世界三分の話を聞いたときは面白いねって思ったけど、強ち間違った話じゃなかったんだね。エネルギーの研究はやめて、人間観察の研究でも始めちゃったの?」
シュタイン「計算したら、大体わかりますよ。それに、イノリの考えていることなら、実現できそうだなって思ってしまったのです」
ロータスは笑った。
ロータス「できるからやる。まあ、これ以上ないくらい分かりやすいね!」
イノリは「世界三分」という単語が引っ掛かったが、一度飲み込んだ。
ロータスはイノリの方を向いた。
ロータス「イノリ君、どうしてそこまで宇宙を合体させたいんだい?」
イノリ「私たちのかけがえのない時間を失いたくないからです。終わってしまうのが怖いからです」
ロータス「無限だなんて途方もない。でも、やりたいのかい?」
イノリ「やれるなら」
ロータス「やれるよ」
ロータスは悪戯に笑った。
ロータス「次の次の星降る夜、大きな1つの流れ星を合図に、世界を変えることができる。4つの宇宙を観測しようではないか!」
シュタイン「やはりロータスも、あの日を狙っているのですね」
ロータス「別の宇宙を観測できるチャンスだからね。あれが特異点ってやつなのかな。観測できないはずの4つのエネルギーが見える、特別な日なんだ。見るだけじゃなくて、エネルギーをいただいちゃおうよ。私が無から宇宙を切り拓く。シュタインはそこから4つのエネルギーを取り出す」
イノリ「ロータス、私にできることは?」
ロータス「4つのエネルギーを受け入れる準備をしてほしい。宇宙の融合の準備を。イノリ君はその人徳と行動力で人を集めてほしい。アイ君は、その宇宙を受け止めて、全能になる準備を。バース君はその知恵をみんなの活力に変えてほしい。君たちならできる、理論上は、無限のループを作れるんだ」
世界三分
世界は大きく三分される。シュタインは自らの研究所でそうつぶやいた。
コペル「シュタインさん、どういう意味ですか? 尤も、私がシュタインさんを理解したことなんて一度もないですが...」
シュタインの助手であるコペルはそう尋ねた。
シュタイン「宇宙の終焉は近い。しかし、何もしないでそれを受け入れるほど、私たちは甘くない。既に動き出している者は多い。そしてその思考は大きく、3つだ。なんだと思う?」
コペル「そうですね、コペルなら、神様にお祈りします。やめてーって」
シュタイン「素晴らしい。神というのは1つ、その思想を分断する大きな要因となるだろう」
ローズ「ローズは神を信じないよ」
シュタインの秘書であるローズはそう答えた。
ローズ「神がいたら、壊れる世界なんて作らない。作ったのなら、ポンコツか意地悪なのかどっちかだよ」
シュタイン「そう、それも1つの意見。神を信じず、自らの手で終わらない世界を創る者。神を信じ、神に干渉しようとする者。神を信じ、神を迎合する者。この世界はきっとこの3つに分かれる」
シュタインは静かに天を仰いだ。彼女の手元には、UATの参加者リストがあった。著名な学者が連なったその名簿には、3つの丸と補足が付け加えられていた。
ウィズ→神に干渉し、自分の世界を続ける
イノリ→神を超えて、ループする世界を創る
コスモ→神を受け入れて連鎖する世界を創る
レオナ「シュタインさんはどの立場なんですか?」
シュタイン「私? 私はね。私を信じてくれる人を信じるよ」
レオナ「ずるいよそれ! まあ、レオナもシュタインさんを信じるけども!」
ははは、と穏やかに時は流れた。
シュタインには見えていたのかもしれない。自身の理論による特異点の証明には神が不可欠であり、その神こそがUniverse Endに対する答えに成り得ることを。その答えが3パターン存在し、それぞれの派閥が相まみえる世界を。
シュタイン「おや、誰か来たようだね。レオナ君、見てきてもらえるかな。おっと、私は不在だと伝えるのを忘れずに」
コスモの見る世界
話は変わり、天空研究所。世界の果ての村の隅で、コスモは空を見上げた。
彼女の秘書であるユカは、自らの作り上げた学び舎の弟子たちを集めてコスモに助言した。一番弟子のシュヴィルが調査結果を報告する。
シュヴィル「結論、イノリたちが他の宇宙を融合する試みをしているみたいだね」
コスモ「終わりある世界こそが美しいのにね。せっかく神様が設計してくれた、この終わりのある世界が、どうして気に入らないんだろう。まあやりたいことは分かるよ。この世界を支配する見えない4つのエネルギーを、別の宇宙から供給するってことでしょ、そうなんでしょ、シュヴィル?」
シュヴィル「あーね。まあ、私はコスモに従うよ。神との調和でしょ?」
コスモ「他の宇宙のエネルギーがイノリたちによって流れ込んでくるなら、ありがたく使わせてもらうよ。きっとウィズもそうするだろう。だからこそ、私はイノリやウィズ、あるいは他の宇宙の存在よりも早く、神にたどり着かなくてはいけない。ユカ、神に謁見するためには、どうすればいいと思う?」
ユカ「コスモのことだから、神になればいいって言うんじゃない?」
コスモ「ふふ、賢いね。私たちは天を統べる。エネルギーを変換して、天を目指す。ユカ、許容してくれるかい?」
ユカ「やります。すでに私の学び舎で育った子たちがその準備をしているよ。既に、世界を燃やして潤いを与える“プロジェクト・裁き”も、世界を砕いて大地を満たす“プロジェクト・堕落”も、インビドロの実験は成功している」
シュヴィル「流石だよ。名前だけ、ちょっとカッコ悪いかな」
ユカ「うるさい!」
コスモ「あとはただ、イノリが宇宙を融合してくれるのを待つだけ。流れ込んだエネルギーを受け止めて、天の使いとなり、神の元へ最短経路で進む」
キュア「いざとなったら私がコスモを守るよ。コスモは、神との調和に専念して」
コスモは、イノリによる宇宙の融合を利用して、宇宙へと干渉しようとした。神の迎合。4つのエネルギーを活用しつつ、神の隣の席——天の使いとなる。
コスモは考えた。宇宙を融合させて膨張のエネルギーを得るという結論、そしてそれの実現可能性を考察した。そしてそれが成功しそうな未来も予見した。4つのエネルギーを、利用しない手はない。既に天空研究所内ではエルが、神に近づくための準備を整えている。しかし、時間が足りない。時を得るためには、エネルギーがもっと必要だ。空間と時間を司る能力をエルの臣下であるラファとセラには与えたが、必要なエネルギーが足りない。
ここはひとつ、イノリの企てに乗ろう。コスモは強かにそう考えた。
ウィズの企て
宇宙の終焉と、それに対する銀の弾丸としての宇宙の融合。 ウィズはすべてを察していた。ウィズの忠臣にして双子の姉妹であるアリカとジャックはすでに理論計算を終えていた。
ウィズ「イノリがやろうとしていることは理解できたかい、アリカ」
アリカ「はい。彼女らは4つの宇宙から4つのエネルギーを融合しようとしています。ウィズも、4大エネルギーの理論はご存じですよね」
ウィズ「うん。この世界の総ての力を統合する理論で、その正体は4つのエネルギーで説明できるという仮説。まだ研究は進んでいないからあくまで仮説でしかないし、私の専門ではないからそのくらいしか分からないけど。シュタインがイノリに就いたらしいから、おそらくシュタインの専門であるその辺が鍵になっているんでしょうね」
超弦理論。君たちの世界では既に注目を浴びている理論だ。相対論と量子論の統合。相まみえないとされている力の統合理論。どうやらこの宇宙では、まだ仮説の段階らしい。もっとも、君たちの世界でも仮説の段階ではあるが。
アリカ「取り急ぎ、昨晩シュタインらの論文を読んで内容は理解してきました」
ウィズ「流石だ。私の理想通りのシナリオが進行するのであれば、君に全知の力を操る役者になってほしい」
アリカ「もちろんです。話は戻しまして、4つのエネルギーがなんとなくこの宇宙の収縮を止めるのではないかということは分かりました。この宇宙を構成する素子を引き付けあう森のエネルギー、素子の性質を変える水のエネルギー、空間を歪める闇のエネルギー、崩壊から核を封じ込める炎のエネルギー。シュタインが名付けたらしいですが、なんかファンタジーですね。彼女のことですから、大方正体は掴めているのでしょう。この宇宙では、これらの正体はよく分かりません。分からないけど、なんとなく使っている。ただし、他の宇宙では違うようです。それぞれの力のみがその宇宙の調和を維持する、そんな体系らしいです」
ウィズ「なるほど。この宇宙の謎の4つのエネルギー、私たちが普段使うエネルギーはそれらを区別していない。しかし、例えば森の宇宙では、森のエネルギーだけが存在し、その宇宙の者は森のエネルギーを使って生きていると。やはり、早く全知の神に会って謦咳に接したいものだ。分からないことが多くて何も進めない」
ジャック「分からないなりに、戦術は立てられるかと」
ジャックが口を開く。アリカの姉にして参謀のジャックは、いつもこうして道筋を組み立てていく。
ジャック「4つのエネルギーをこの宇宙に具現化するのがおそらくイノリのプレイングであれば、私たちもその力を活用するまでです。イノリがその融合を成功させたとして、フィニッシュである宇宙の終焉を止めてどうやって永遠の時を掴み取るのかは不明です。そこで、ウィズの望みである全知を先に実現してしまうのはどうでしょう。神、厳密にいえば宇宙の検閲官は確実に存在します。きっと今もどこかで、私たちの様子を見ているはずです。私たちは気づけないのに」
自分たちを観察する高次の存在に、自分たちは気づけない。彼女らは君たちに観察されていることを知らないし、君たちも……。これはまた別の話かもしれない。
アリカ「4つのエネルギーの話とか、神の存在の議論とか。私たちが気づいてない、間違っていることを見ながら笑っているのかな、神は」
ジャック「むしろ真実に近づいていることを褒めてくれるかもしれない」
ウィズは2人のやり取りを見て笑った。神に会う、そんな妄想みたいな話についてきてくれる2人が頼もしかった。
ジャック「4つのエネルギーを受け止めるのに相応しい弟子を4名、既に用意してあります。彼女らにそれぞれのエネルギーを解析してもらいます。先人たちが言う通りならば、4つのエネルギーを統合することで、全知の存在に干渉することも可能だと思います。この宇宙の総てを記述できるなら、この宇宙の法にも干渉できるかと」
ウィズ「ジャックも流石だ。君なら、その戦術を操ることも容易いのだろう?」
ジャック「自信しかないですね。私が4つのエネルギーを引き込みます。宇宙の融合の瞬間、超新星爆発が起こるはずです。というか、私たちで起こしましょう。そこから4つのエネルギーを引き込んで、アリカと全知を目指します」
ウィズ「やろう。これは神への挑戦だ。私たちは、全知になるのだ」
ウィズらの作戦。何らかの力で宇宙を引き寄せる瞬間、横から超新星爆発と呼ばれる起爆を行う。イノリたちだけでは成し遂げられないであろう宇宙の融合をサポートする形になるであろうことをウィズは察していた。これは協力ではない。お互いの利益のためだ。全知の神は、きっと4つのエネルギーを纏っている。4つの宇宙の色を受け止めて、神を召喚する。
宇宙の融合
時は来た。役者は揃った。
4つの宇宙を観測し、引き寄せるイノリたち。
それを推進し、先にエネルギーを吸収しようとするウィズ、
世界の隅で、それを虎視眈々と観察するコスモ。
世界を三分する彼女らの思惑が交錯する。
シュタイン「イノリ、さあ祈るのです。宇宙を引き寄せるのです」
大きな流れ星だ。シュタインはこの流れ星が自身の理論の特異点であることを察していた。4つのエネルギーが区別されないはずのこの宇宙で、なぜか一瞬垣間見える、4つのエネルギーの気配。この宇宙の隆盛を予感させるその流星は何を意味しているのだろう。そのエネルギーは何を以て、何を引き寄せるのだろう?
しばらく前の作戦会議の夜、シュタインは、イノリたちに驚くべきことを語った。
シュタイン「この作戦、宇宙の融合についての設計書を、ウィズに送りました」
バース「え? そんなことしたら横取りされちゃうんじゃない?」
バースは顕著に不機嫌になった。宇宙の融合に、イノリたちは膨大な時間とコストをかけた。叡智を集約して作り上げた設計書を、勝手に流してしまうなんて。
シュタイン「まず、私たちの主目的は別の宇宙からエネルギーを融合して、この宇宙の収縮を止めること。すべての力を独占することが目的ではありません」
バース「か、かといって、大事な設計書を渡すだなんて」
シュタイン「ウィズの元に、メイという優秀な研究者を派遣しました。元々はイノリたちの作戦に協力していたが、神を軽視する姿勢に違和感を覚えて、ウィズに合流することを選んだという建前で。そしてメイは私たちの作戦を詳らかに語るでしょう」
バース「いや、全然だめじゃん。作戦バレたら何かウィズたちもしでかすかもよ? それこそ、イノリの意見と対立しているからこそ、作戦を潰しに来るとか」
シュタイン「ウィズはおそらくこう考えるはずです。逆に、宇宙の融合を利用してやろうと。彼女らにとってもこれは美味しい話なのです。それに彼女の元にはあの双子がいます」
イノリ「アリカとジャック。脅威だね」
シュタイン「既に彼女らは宇宙の4つのエネルギーについて察しています。そしてそれをおそらく、4人の弟子に吸収させることでいち早くエネルギーを解析し、その研究の材料にしたがるはずです。そしてこれはウィズたちの専門分野である超新星爆発のまたとない実験の機会でもあるのです」
超新星爆発。星が消滅する瞬間に起こる巨大なエネルギーの放出。
シュタイン「超新星爆発は、私たちの作戦になくてはならないのです。宇宙の裂け目に干渉できる私たちのスキルだけでは、宇宙は融合できません」
バース「つまり、私たちを利用しようとしているウィズたちのことを、私たちも利用するってこと?」
シュタイン「利用とかそんな小賢しい話ではありません。これは共闘です。自らの目的のために、科学の発展に寄与する、敵対的共闘です。そしてこの宇宙の融合を狙う、もう1人の存在もあります」
イノリ「コスモかな」
シュタイン「そう、天空研究所のコスモもまた、この機会を狙っています。世界は3分されていて、目的もバラバラ。しかし、欲しいものが一致しています」
ロータス「4つのエネルギー。それはみんなの願いだ」
シュタイン「どうなることでしょう」
特異点である流星に、起爆剤としての超新星爆発。別の宇宙を引き寄せるためにはこの2つはなくてはならないのだ。そしてそれを受け止める器。
イノリが宇宙を想像した。この世界を構成する見えない4つのエネルギーを、シュタインはひもで操った。
シュタイン「宇宙を融合するよ!」
時が止まる。宇宙が裂ける。
バースは、みんなが集めた力を活力に変えた。ふと、天空研究所からの力を感じた気がしたがバースは気にしなかった。それを見たシュタインが微笑みを浮かべつつ、それを全能の力へと変換する。アイはそれを使い、極限まで英気を高めた。
瞬間、大きな起爆。
シュタインは口元を緩めた。超新星爆発だ。すべてうまくいっている。
シュタイン「見えてきた、とてつもないエネルギーだ!」
視界が一瞬青く光った。冷たい。水だ。イノリは悟った。世界が青に染まる!
刹那、闇が感覚を覆う。体が火照る。
今までに感じたことのあるようなないような感覚。
そして、風。穏やかな感情に包まれた。
シュタイン「イノリ、成功したよ!」 目を開くと、目の前には4つのエネルギーが見えた。
イノリ「シュタインの言ったとおりだ!」
シュタイン「ははは、ついに観測できた! 理論が正しいことが証明された! 見て、水だ、闇だ、炎だ、森だ!」
水の宇宙。
第三者的な視点で記述するのであれば、海の世界。人魚が踊り、溢れるエネルギーが活力を支配する世界。 この世界では、水の力をため込み、それを巫女が海神へと捧げ、海神がすべてを統率していた。 アクアは巫女の末裔として、水の力を集めていた。 穏やかに流れる時間は、水面のように滑らかだった。
しかし突如、宇宙が割れる。水が暴れる。
エミ「はあ!? ものすごいエネルギーを感じる!」
リンカ「海神様の言った通りのことが起こっている! 叡智だね!」
アクア「慌てないで、エミ、リンカ。きっとこの異変は、私たちの叡智を使いこなす存在の訪れであり、また、私たちに活力を与えてくれる存在の訪れでもある。受け入れるのです、海神様もそれを望んでいます」
溢れる資源を海神に捧げて調和を保つ宇宙。そのサイクルには時間がかかることをアクアは懸念していた。絶え間なく進む流れに抗うには、外界からもたらされる加速度が必要だ。
アクアは融合を受け入れた。
闇の宇宙。
多くの人類は──おっと、おそらく読者らが属する宇宙も含む話だが。多くの人類は生が始まりで死が終わりだと思っている。しかしこの闇の世界では違う。生命は終わるために始まるのだ。別の宇宙の話なんだから、君たちの宇宙の常識を持ち出されても困る。
ハデスはその世界を統べる女王として、異変に気付いた。
ハデス「ほう、わらわに力を与える存在が現れたとはな」
タナトス「なんだろう、穏やかな死を邪魔する思念を感じるよ」
人間は、生きてるときは騒々しいが、死ぬときは決まって静かだ。そして死後もまた鎮ずる。宇宙の異変は些か喧噪であったが、ハデスは動じなかった。
ハデス「案ずるなタナトス。これは、この世界にとっても悪くない取引なのだから。たくさんの生命がもたらされれば、その分、死にも意味が付随される」
活力なき、自己と他者の破壊の宇宙。よりこの世界の破壊を進めるためには、外界からもたらされる活力が必要だ。
ハデスは融合を受け入れた。
炎の宇宙。
地の底から噴き出る炎のエネルギーを集め、その結晶である龍を手繰ることで世界を保っている宇宙。龍を飼い慣らす術に長けたボルカは、龍の末裔であるリリィとともに天を見上げた。
リリィ「これが、ヴォルカニックドラゴンが示唆していた宇宙の融合?」
リリィは幾星霜もの月日を生きてきた龍からの言葉を想起した。
ボルカ「ふうん、でもやっぱドラゴンには敵わない。雑魚、雑魚」
ボルカは嘲笑した。世界を一瞬で焼き尽くす龍を操る彼女らにとって、宇宙の裂ける音は龍の寝息にも敵わない。
この宇宙の力、もとい龍の力はあまりにも強大である。他の宇宙では膨大なエネルギーを以てして治めている調和を、龍ならたった数頭で容易く達成する。そのため、宇宙の融合に対して、ボルカやリリィは全く興味がなかった。しかし、逆に言えば我らが龍の力がどこまで通用するのか、他の宇宙をも統べることができるのかといった点には、龍自身も興味を寄せていた。
ボルカ「まあ、お手並み拝見ってとこ? 他の宇宙の力も、ドラゴンが負かしちゃえ!」
圧倒的な力を持つ龍が支配する宇宙。一言で表すと、彼女らと龍たちは辟易していた。退屈なこの世界には、外界からもたらされる刺激が必要だ。
ボルカは融合を受け入れた。
森の宇宙。
大地を潤す清らかなそのエネルギーは、そこから生み出されるものからさらに拡大する。連鎖的に拡大を繰り返し、生産する大地。未来永劫その成長は約束されており、他になにもいらない、そんなはずだった。突如鳴り響く宇宙の悲鳴。鳥たちが一斉に騒ぎ出す。
アヒル「オウル様、何か様子がおかしいのでは?」
オウル「慌てないで。やはりロストフォレストの伝承は正しかったみたいね」
アヒル「どういうこと?」
オウル「私たちはこの美しいエネルギーだけで十分に暮らしていける。でも、森は、他のエネルギーの存在、つまり他の宇宙の存在も示唆している。つまり、そういうこと」
アヒル「別の宇宙が、融合しようとしている...?」
生産と拡大を繰り返す大地に不必要と思われていた他のエネルギー。それを受け入れることが、果たして吉と出るか、凶と出るか。しかし、オウルにも策があった。他の宇宙に飲み込まれるなど以ての外。オウルの視線の先には、森の活力と叡智の結晶・多様の術を身に着けたクジャクの存在があった。彼女なら、逆に他の宇宙を森に染め上げることができるはず。
「私たちの力がどこまで通用するのやら…まあ、クジャクちゃんがすべて使いこなしてしまうでしょうね」
拡大を淡々と繰り返す宇宙。しかし彼女らには、他の宇宙を操っていた過去があり、それを使いこなす力があった。より大きな繁栄のためには、外界からもたらされるエネルギーが必要だ。
オウルは融合を受け入れた。
突如、大きな爆発音が鳴り響いた。
それはどの宇宙でも観測できるものだった。つまり。
宇宙は融合した。4つの宇宙が、1つの宇宙へと!
アリカ「超新星爆発です。ジャックさんの言ったとおりに!」
ウィズの元で、アリカは宇宙を観測した。凄まじい叡智を感じる。
ジャック「よし、いけ、チーム・風林火山! エネルギーを受け止めよ!」
ジャックは力を引き込んだ。弟子たちが力を受け入れる。
ジャック「これは龍か? 本当に存在したんだな、龍なんてものが! こっちは死のエネルギーを感じる! これまでの常識では考えられない!」
アリカ「優しい活力を感じたかと思えば、厳しくも賢い知恵を感じる…これが、別の宇宙の、別のエネルギー...!」
ウィズ「すべて受け入れよ、すべて蓄えよ! 全知になれ!」
コスモ「来た。しかし、急がなくてもいい」
コスモは世界の果てで、ユカにデータを渡した。
コスモ「これ、今晩中にレポートまとめられる?」
ユカ「やりますやります」
ユカは宇宙の融合を詳らかに記したそのメモを、エルに渡した。ユカの教え子の中で最高峰であるエルは、このプロジェクトで大きな役割を担っていた。
「エルなら、天を統べる存在になれる。天使になれる」
エル「はい」
エルは小さくそう返答した。その冷たい視線は、遥か彼方で確実に起こっている宇宙の異変をじっと睨みつけていた。
シュヴィル「あれ、なんだろうこれ」
シュヴィルは眩しい光の中で、他とは違う光を観測した。
シュヴィル「ユカ、これなんだか分かる?」
ユカ「これは…もしかして…」
エルは悟った。これは、宇宙の起源を象徴する光だ。宇宙の始まりが巨大な爆発であったと主張するコスモ派にとって、宇宙の始まりの証明とも言えるその爆発の際に放たれる光。つまり、これが実在するということは。
ユカ「そうか、やはりコスモ様のお考えは正しかったのです」
宇宙はやはり爆発によって作られた。そして今、その爆発の痕跡が見つかったということは、今自分が目にしているものは、間違いなく宇宙の始まりなのだと確信した。
ユカ「コスモ様、この光によって、宇宙の始まりを説明することができます。つまり、神がどうやって宇宙を創られたかを説明できるということです」
ユカは手に入れた光を飲み込んだ。瞬間、周囲に柔らかな光をもたらし、その光を浴びた者の活力を呼び起こした。これは、宇宙の始まりに起こる現象と似ている......。
コスモ「やはり神は存在する。そして、私に味方してくれているのね」
コスモは微笑した。しかしその瞬間、その笑顔が凍った。
宇宙は爆発によって作られた。その爆発を起こしたのは神である、と認めたい。
ただ、今この瞬間の宇宙の爆発を引き起こしたのは…。
コスモ「イノリ、君たちの好きにはさせないよ」
宇宙の再構築
宇宙は融合した。目を開くと、そこは見たこともない世界が広がっていた。
イノリ「理解が追い付かない…これが、異なる宇宙?」
イノリは感嘆した。
見たこともない深い森が目の前には広がっていた。しんとした大地から、途方もないエネルギーを感じる。
バース「すごいよ、イノリ」
バースがそう漏らしたことで、イノリは自身が1人ではないことに気づいた。気づけばそこにはアイも、シュタインも、宇宙の融合に携わったみんながそこにいた。おかしいな、たしか真夜中に、何もない大地の上で祈りを捧げたはず。そしたら別の宇宙が見えて。気づいたら木漏れ日が美しい森の中に立っている。
シュタイン「おそらく、宇宙が再構築されたのでしょう」
シュタインはそう言った。彼女の瞳孔は明らかに開いていた。
シュタイン「私たちがもともといた宇宙—。当たり前ですが、私たちは宇宙は1つだけと信じいてやまない、あるいは観測できていなかったわけですから、私たちがもといた宇宙に名前を付けていません。オリジナルの宇宙とでも仮称したとして、オリジナルの宇宙に、4つの宇宙が融合したわけです。結果として、それぞれ4つのエネルギーが取り込まれた世界が一瞬で構築された。オリジナルの宇宙にはなかった、エネルギーに満ちたこんな森までもが構築されたのですから」
ロータス「ってことは、オリジナルの宇宙ではできなかったこともこの宇宙ならできるってこと? 神話の世界でしか語られてなかった、ドラゴンの存在とか、死後の世界とか、オリジナルの宇宙では検証できなかったことがやり放題ってこと!?」
シュタイン「そうね、ロータス。ただ、私たちが宇宙を融合した目的を忘れないでね」
ロータス「そうだよ。この新しい宇宙だって、計算すればきっと収縮して終わりを迎えるんでしょ。そうなる前に私は、終わらない世界を創る」
イノリは新世界で神になることを改めて宣言した。
イノリ「とりあえず、この宇宙について調べないと。オリジナルの宇宙で培ってきた理論や法則がちゃんと成立するのか、確かめたくて仕方ないや」
ウィズの全知
ウィズ「やはりアリカとジャックの言う通りにして正解だった」
ウィズは、ジャックの4人の弟子を見てそう呟いた。小さいながらも俊敏性に長けた、威圧感を放つ生物—。オリジナルの宇宙では想像上の生物でしかなかった”龍”が、今目の前にいる。
その隣に立つ、禍々しい力を放つ魔女。既に闇の力を操るに至ったその存在。
アリカ「確かに、生が始まりで死が終わりだなんて、そんな考え方は私たちの宇宙でしか支配されていなかった考え方なんですね。パラダイムシフトってこういうことなんですかね」
アリカは興味深くその存在を見つめた。自身が今まで考えたことのなかった論理展開。それを”常識”として具現化した魔女の存在。
それどころか、オリジナルの宇宙では区別されていなかったエネルギーの根源が、すぐそこにいるのだ。炎のエネルギーを宿した龍、闇のエネルギーを宿した魔女の他にも、森のエネルギーを宿したリンと水のエネルギーを宿したウキワ。ジャックの4人の弟子が、既に4つのエネルギーを体得したのだ。
アリカ「ところで、これは何だろうね」
アリカの足元で可愛らしい生き物—俗にいう、猫がにゃあ鳴いた。
アリカ「見覚えがあるような、ないような」
ウィズ「まったく、宇宙というのはどこまでも未知数だね」
コスモの狙い
宇宙の融合により放たれた4つのエネルギーは、確かにコスモ達にも吸収された。
コスモ「時間と空間を司る能力を、セラとラファが得た...」
コスモは高揚感を抑えられなくなった。これで、エルに託した試みがまた、加速する。
ユカ「プロジェクト・裁きとプロジェクト・堕落も順調です。あとは4つの宇宙に関する知見を集めることができれば、容易くコントロールできるようになるでしょう」
シュヴィル「そしてユカが手に入れた、宇宙の始まりの光。繋がってきたのではないですか?」
コスモは思案した。何かが繋がっていく予感。連鎖的に、神へと近づく術。
コスモ「できる、私たちは神を呼べるぞ!」
残された者
オリジナルの宇宙に起こった異変は、勿論、全ての者にとって異変だった。
シュタインの構築した4大エネルギー理論。その拡張、そして統合に挑む2者の存在。
統一エネルギー理論と名付けられたその挑戦を続ける、アトラとラボラ。
ラボラ「うわぁ、本当に融合が起こったよ。しかも、ちゃんとシュタインの理論通りだよ…」
アトラ「すごいわね! 私たちが目指していた統一エネルギー理論の、根本が間違っていなかったという証明になるわよ!」
ラボラ「いやぁ、研究に身が入るなぁ! さて、どこから手を付ければいいのやら」
アトラ「私たちの目的は、4つのエネルギーを1つにまとめること。そうね、とりあえず2つずつ分担してみる?」
ラボラ「そんな簡単に言わないでよ。そもそも、何を根拠に2つずつにすればいいのかとか、どう分ければいいのかとか、ちゃんと研究してから決めようよ」
アトラ「いいのよそんなこと。私は炎と水がいいな! 私にぴったりじゃない?」
ラボラ「じゃあ僕は森と闇ってこと?」
アトラ「そう、それもラボラにぴったりなイメージがする!」
ラボラ「なんか、失礼なこと言ってない?」
アトラ「そんなことないわよ。さ、はやくエネルギーを観察しましょ!」
ラボラ「ふう…とりあえず、研究、研究」
Universe Endにより閉鎖的になっていた世界が、宇宙の融合により、活力を取り戻した。世界は3分され、宇宙の融合という奇しくも同じ目的のために部分的共闘が行われたが、一旦なされてしまえば次の話題、つまりこのエネルギーをどうするかで世界は満たされた。そしてここに第4、第5の派閥も現れることになった。
Universe End
宇宙は終息する。膨張よりも収縮が加速する。
これに対して、宇宙を融合させ、収縮よりも大きな膨張のエネルギーを得ることができた、イノリ達。彼女らは4つの宇宙から4つのエネルギーを得ることができた。
イノリは、無限に続く世界を創ることができるのか。
ウィズは、全知の存在により宇宙の理を変えることができるのか。
コスモは、天に近づくことはできるのか。
しかし、この先はこの3者の目論見だけではない。4つの宇宙にはそれぞれの目的がある。
水の宇宙でアクアは、海神に祈りを捧げる。
闇の宇宙でハデスは、破壊を繰り返す。
炎の宇宙でボルカは、龍による支配を続ける。
森の宇宙でオウルは、拡大と生産を続ける。
そしてその4者は別の宇宙と時に交わり、時に対立する。
そして現れた1つの思想、2つのアプローチ。
アトラは、水と炎のエネルギーを統一する。
ラボラは、闇と森のエネルギーを統一する。
そう、9つの思想が、今この宇宙に放たれた。
果たして、この先どのような物語が、くりひろげられるのだろうか。